💛✨有益情報ブログ2022章:「サラリーマンバンド」という言葉だけでは足りない——CLEAR DOLL❢
「本業を持ちながら活動する三人組」。
CLEAR DOLLを紹介する際、最初に添えられるのは、たいていそんな説明だ。
仕事があり、家庭があり、その合間にバンドを続けている。入り口としては分かりやすい。
ただ、『エンドロールのそのさき』と新曲『明日以上、約束未満』を続けて聴くと、その説明が、かえって彼らの輪郭をぼかしているようにも思えてくる。
彼らは、本業があるから面白いのではない。
まず、二曲がそれぞれ異なる方法で、きちんと作られている。
■ 同じ書き手が、さらけ出す曲と、言わずに残す曲を書く
二曲の作詞・作曲を手がけるのは、CLEAR DOLLでピアノ、ギター、ボーカルを担う大垣芳浩だ。
『エンドロールのそのさき』が描くのは、終わったことにできない感情である。
平気なふりをしても、消したはずの記憶が残る。周囲から次へ進むよう促されても、その「次」がどこにあるのか分からない。
強がりも、未練も、格好悪さも、きれいな言葉で覆わない。
それでも最後には、過去をなかったことにするのではなく、弱さや傷を連れたまま「その先」へ歩こうとする。
一方、『明日以上、約束未満』では、感情を正面から言い切る場面がほとんどない。
登場するのは、少しずらした傘、横断歩道、駅までの坂、未送信のメッセージ、増えない既読、画面の隅に残るスタンプ。
大きな出来事を説明するのではなく、日常の中にある小さな仕草や違和感から、まだ名前のつかない関係を映し出していく。
片方では、みっともなさまでさらけ出す。
もう片方では、歩幅や足先の迷いだけを残す。
近い感情を扱いながら、作品と感情の距離は大きく異なる。
同じ書き手が、曲によって語り方をここまで変えられる。その振れ幅に、大垣というソングライターの面白さがある。
■ 「またね」は、同じ意味で繰り返されない
『明日以上、約束未満』で印象に残るのが、「またね」という三文字だ。
最初の「またね」は、その場に置いていかれる。
次の「またね」は、相手に連れていかれる。
やがて行き場を探し始め、最後には二人の間の約束へ変わっていく。
文字は同じままなのに、曲が進むたび、その役割だけが変わる。
新しい言葉を次々と加えて状況を説明するのではない。一つのありふれた言葉を何度も置き直し、最初とは違って聞こえるところまで、二人の関係を運んでいく。
「歩幅」の使い方も同様だ。
はじめは相手に寄せていた歩幅が、やがて相手に預けられ、最後には自分自身へ近づいてくる。
二人の間で何かが変わったことを、直接的な台詞ではなく、歩き方の変化で見せている。
技巧をことさらに主張する書き方ではない。
むしろ、何気ない言葉や仕草の役割を少しずつ変え、聴き終えたあとに別の意味を残す。その控えめな設計に、作詞家としてのセンスが表れている。
■ 耳に入りやすいが、単純には消費されない
二曲を聴いて、まず耳に残るのはメロディーだ。
一度聴けば輪郭を追える親しみやすさがあり、サビも自然に耳へ入る。ただし、分かりやすい旋律だけに頼っているわけではない。
二度、三度と聴くうちに、その下でコードが感情の温度を細かく動かしていることに気づく。
『エンドロールのそのさき』では、主人公の感情があふれる場面を、曲そのものも大きく受け止める。
『明日以上、約束未満』では、関係を決めきれない揺らぎに合わせるように、和音も結論を急がない。
歌詞、メロディー、コードが別々に置かれているのではなく、同じ場面を異なる方法で描いている。
派手に技巧を見せつけるタイプではない。
それでも、耳に入りやすい旋律と、一度だけでは消費されない余韻を両立させているところに、作曲者としての静かな強みがある。
■ 普通の日常の中に、音楽を置く
大垣は会社を営みながら、別の組織にも勤めている。ほかの二人にも、それぞれ本業と生活がある。
ただ、こうした肩書きを作品の価値へ直結させる必要はないだろう。
興味深いのは、創作だけのために切り離された特別な生活ではなく、仕事や家庭のある日常の中に、曲作りと録音が置かれていることだ。
『明日以上、約束未満』に登場するのは、帰り道、横断歩道、スマートフォンの画面、いつもの曲がり角。
『エンドロールのそのさき』に登場するのは、改札、駅前のカフェ、友人のストーリー、消しても残る予測変換。
どちらも、特別な場所ではない。
この二曲の作家性は、日常から遠く離れたところにあるのではなく、普通の一日の中に埋もれている、小さな動揺や変化を見逃さないところにある。
■ 一人で骨格を作り、三人で完成させる
CLEAR DOLLの制作では、大垣がメロディー、コード、テンポ、曲の展開、各楽器の方向性が分かるデモを作り、メンバーへ共有する。
ただし、そのデモを完成品として押し通すわけではない。
共有された骨格をもとに三人で音を合わせ、それぞれのパートを自分たちの演奏へ置き換えていく。
一人で全体像を示しながら、一人で完成させすぎない。
事前に練られた構成と、実際に三人で音を出したときに生まれる変化。CLEAR DOLLの音源には、その両方が残っている。
録音場所も華やかではない。
ボーカルとギターは自宅の押し入れ。ピアノは家族の電子ピアノ。ドラムは地域の公共施設。
使える場所と道具をつなぎ、必要な音を一つずつ積み重ねている。
手作りだから優れている、という話ではない。ただ、誰が音を考え、どこで弾き、どのように修正したのかが見える工程は、完成した音源に人の判断と体温を残している。
■ 趣味か仕事か、という問いの外側
学生時代に活動していた三人は、その時代の終わりとともに一度活動を終えた。
それぞれが企業で働き、家庭を持ち、生活の形も変わった。
それでも、三人の関係まで終わったわけではなかった。
かつての続きをそのまま再現するのではなく、今の生活、今の技術、今の感覚を持った三人が、現在の作品を作っている。
仕事がある。
家庭がある。
それぞれの日常がある。
そのうえで、バンドも続いている。
「本業あり、バンド継続中」という言葉は、作品への評価を甘くするための注釈ではない。
二曲を聴いたあとでは、音楽を人生から切り離さずにきた三人の現在地を、端的に表す言葉に見えてくる。
【作品情報】
CLEAR DOLL『明日以上、約束未満』
Music Film
https://youtu.be/ttNmt3xBkQI
Apple Music
https://music.apple.com/ng/song/beyond-tomorrow-not-quite-a-promise/6802710523
CLEAR DOLL『エンドロールのそのさき』
Official Music Video
https://youtu.be/JRAAK7SmyOo
Apple Music
https://music.apple.com/ng/song/beyond-the-end-credits/6775078109
CLEAR DOLL Official Site
http://www.cleardoll.com/
#CLEARDOLL #明日以上約束未満 #エンドロールのそのさき






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